大判例

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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和42年(わ)9号 判決 1968年3月05日

被告人 山口勝利

主文

被告人を死刑に処する。

押収にかかる腕時計三個(証第二四号、第二五号、第三一号)、合オーバー一枚(証第二六号)、背広上衣一着(証第二七号)、カメラ一台(証第三〇号)、ネツクレス二個(証第三二号、第三三号)、千円オリンピツク硬貨一枚(証第三四号)、百円オリンピツク硬貨三枚(証第三五号)、指環一四個(証第三八号ないし第五一号)、スーツケース一個(証第五二号)、指環ケース二個(証第七二号、第七三号)、皮ジヤンバー一着(証第八八号)、男物ズボン一着(証第八九号)、セーター一枚(証第九〇号)、一万円札一六枚(証第一一六号)のうち一四枚、千円札一五枚(証第一一七号)のうち札番号AB六〇六三七七S、XC四四四四八五X、UA六三八八八二Bのものを除く一二枚、百円札一九枚(証第一一九号)のうち札番号FJ八三〇六三四B、NS六五六八八四K、AQ〇五三五九七Q、PR〇一七七九四L、WJ四〇六〇六六G、ZJ三一六五七五D、BS六六八五六九Sのものを除く一二枚はいずれも被害者有限会社川頭商事に還付する。

理由

(被告人の経歴および本件に至る経緯)

被告人は本籍地で農業を営む山口常治、山口イトの六男として生まれ、昭和二九年三月佐世保市立山祇中学校を卒業した。中学三年の頃から不良グループとの交遊が始まり夜遊びなどするようになつて中学卒業後も半年ばかりは就職もせずに遊んでいたが、昭和三九年九月頃佐世保市の昭和電業の配電工見習として就職した。しかし同年暮には退職し、その後自動車修理工場、文具店、キヤバレー等の職場を転々としたが、いずれの職場も永続きせず、二、三ケ月働いては又二、三ケ月遊び暮すといつた生活を繰返し、その間、中学三年の時に農家から鶏を盗んだのを始めとして、野荒し、空巣、地金盗、自転車盗等の非行を重ね再三家庭裁判所に送致されたうえ、昭和三二年五月右自転車を盗んだ事件で遂に中等少年院に送致された。その後一年数ケ月の矯正教育を終え昭和三三年九月人吉農芸学院(中等少年院)を仮退院したが、被告人の高度に進行していた犯罪的傾向、怠惰で慾動的な性格はついに矯正されず、又少年院に送致された前後に相次いで両親が死亡し被告人を適切に監護指導する者がいなかつたことなどが原因して、右退院後二ケ月にして、人家に押入り就寝中の人妻を強姦したうえ現金等を強奪する事件を起し、強盗強姦罪で昭和三四年三月懲役五年以上八年以下の刑に処せられ、少年刑務所で服役した後同四一年六月仮出獄した。その後は本籍地で一人暮しをしている実姉山口成子方に身を寄せ、実兄山口和則の世話で同年七月二五日から佐世保市立神町所在の三和工業株式会社に仕上工として働くことになつた。ところで右就職後しばらくは真面目に働き、仕事のかたわら運転免許取得のため自動車学校に通つたりしていたが、やがて職場の同僚の中に被告人の前歴を知つている者がいて同人から声をかけられたりしたことから、被告人が刑務所に入つていたことがあるという噂が同僚の間に伝わつたこともあつて、職場に嫌気がさし、大阪か名古屋方面に出て働こうと考えるようになり右資金を得るため同年一一月一二日右三和工業事務所外一ケ所から合計五〇万円ぐらいを盗んだ。

しかし翌日右窃盗事件の捜査のため会社に来た警察官に指紋をとられたので、自分は前科がありおそかれ早かれ逮捕され刑務所に送られることになるのだから、この際盗んだ金を使つて思う存分遊んでやろうと考え、以後は会社に出勤せず、バー、キヤバレー等を飲み歩いたり売春婦を買つたりして豪遊していた。

このため盗んだ金は同年一二月一〇日ごろにはほとんど使い果してしまつたが、一方姉の成子の言動などから、いよいよ自分が前記窃盗事件の犯人として警察に追われていることを知り、再び金策を計つて大阪、名古屋方面に高飛びしようと考え、姉成子や兄和則に金策を依頼したが、同人らから右事件の解決まで佐世保にとどまるようさとされ、更に警察への自首を勧められるに及んで窮地に追込まれ右高飛びの資金と当座の生活費の調達に苦慮した末、質入客を装い質商を山口成子方へ誘い出して殺害しその所持する金品を強奪しようと決意し、同月二一日佐世保市高天町川頭質屋に腕時計一個を入質し、同月二二日同市祗園町小田質屋に背広上衣一枚を入質して、それぞれの家族の様子等を探つたところ小田質屋の方は家族の様子等分明し難かつたが、川頭質屋の方は家族構成等を窺い知ることが出来たので、同質屋の主人川頭利夫を殺害して金品を強取しようと決意を固めやがて本件犯行に至つた。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、佐世保市高天町一三番一号有限会社川頭商事(質屋)こと川頭利夫(当三九年)を殺害して金品を強奪しようと決意し、昭和四一年一二月二三日午後七時頃同人方に赴き、同人に対しミシンを入質するから家まで受取りに来て貰いたい旨申し向けて同人を誘い出し、同人を伴なつて町外れの一軒家である同市山祗町二九二番地山口成子方附近に至り、同日午後八時過頃、同女方玄関前の石段附近において、その場にあらかじめ用意しておいた長さ約三〇センチメートル、直径約一〇センチメートルの藁打用木槌(証第三号)をひそかに手にした上、右川頭利夫の背後からやにわに同人の後頭部を右木槌で力まかせに一回殴打して転倒させ、起上がろうとする同人の頭部、胸部等を再び右木槌で五、六回強打してその場に昏倒させ、同人のポケツトを探つたが同人の所持金が皆無であつたため金員を強取出来ず、その際同人がなお荒い息を吐いているのに気付き更に同人の頸部を附近にあつた約三メートルの荒縄で絞めつけ、即時同所において同人を頸部絞扼により窒息死するに至らしめて殺害し

第二、前記のとおり金品を強取出来なかつたので、被告人は更に同日午後一一時頃前記川頭利夫方に赴き、同人の妻川頭幸子(当三四年)に対し、主人にミシンを渡したから質入金七、〇〇〇円を渡して欲しい旨申し述べて右金員の交付を要求したが同女から主人が帰るまで渡せないと断られたので、同女を殺害して金品を強取しようと決意し、同女が被告人を応接間に案内した後室外に出ようとするや、いきなり同女の背後からその着衣をつかみその場にあつた長さ約二メートルの電気コード(証第五四号)を抵抗する同女の頸部に二重に巻いて絞めつけ、即時同所において同女を頸部絞扼により窒息死するに至らしめて殺害したうえ、同女方の質物倉庫等に所蔵してあつた同女および川頭利夫保管の現金約二〇〇、〇〇〇円位、腕時計、指環等二九点(時価合計約三〇二、〇〇〇円相当)を強取し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第一および第二の各所為はいずれも刑法二四〇条後段に該当するので各所定刑中それぞれ死刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四六条一項、一〇条に則り犯情の重い第一の罪の死刑に従い他の刑を科さず、押収にかかる腕時計三個(証第二四号、第二五号、第三一号)、合オーバー一枚(証第二六号)、背広上衣一着(証第二七号)、カメラ一台(証第三〇号)、ネツクレス二個(証第三二号、第三三号)、千円オリンピツク硬貨一枚(証第三四号)、百円オリンピツク硬貨三枚(証第三五号)、指環一四個(証第三八号ないし第五一号)、スーツケース一個(証第五二号)、指環ケース二個(証第七二号、第七三号)、皮ジヤンバー一着(証第八八号)、男物ズボン一着(証第八九号)、セーター一枚(証第九〇号)、一万円札一六枚(証第一一六号)のうち一四枚、千円札一五枚(証第一一七号)のうち札番号AB六〇六三七七S、XC四四四四八五X、UA六三八八八二Bのものを除く一二枚、百円札一九枚(証第一一九号)のうち札番号FJ八三〇六三四B、NS六五六八八四K、AQ〇五三五九七Q、PR〇一七七九四L、WJ四〇六〇六六G、ZJ三一六五七五D、BS六六八五六九Sのものを除く一二枚は判示第二の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法三四七条一項によりこれを被害者有限会社川頭商事に還付することとする(右還付すべき賍物の中一万円札一四枚については、それが押収してある一万円札一六枚の中に含まれていることは明らかであるが、具体的にどの一万円札であるかは特定し得ない。しかし金銭は高度の代替性を有し殊に金種を同じくする数枚の紙幣の中ではどの一枚でも価値としては同一とみるべきであるから、かような場合は還付すべき紙幣の枚数のみを示して還付の言渡をすることが出来ると解する。(大審院大正一四年三月二六日判決、名古屋高等裁判所昭和二六年八月一〇日判決参照)

なお訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(弁護人および被告人の主張に対する判断)                    一、心神耗弱の主張について

弁護人は、被告人は本件犯行当時精神分裂症にかかり心神耗弱の状態であつたと主張するので判断するに、被告人の実姉である証人山口成子の尋問調書等によると被告人には精神分裂病その他精神疾患の病歴がないのみならず被告人の親戚にも精神異常者はいないことが認められる。又被告人の生育歴、交友関係、本件犯行の内容、当公判廷における被告人の供述態度等を綜合し、その他一切の証拠を検討しても、被告人が本件犯行当時精神分裂症であつたのではないかと疑うに足る資料は発見できず、他にも責任能力の低下・喪失を窺わせる資料は全く存しない。結局本件犯行当時被告人の是非を弁別しこれに従つて行為する能力は著しく減退してはいなかつたことが認められるのでこの点に関する弁護人の主張は採用しない。

二、共犯の主張等について

被告人並びに弁護人は第二回公判以来、本件は単独犯でなく中谷某あるいは坂本某との共同犯行であつた旨主張する。これに関する被告人の供述の内容には不明瞭な点や変転している点もあるが、その大要は、「中谷とは本件の一〇日位前に知合つた。中谷は佐世保市谷郷製パンの通りを登つていつたところに住んでいた。事件当日午後六時半ごろ佐世保駅前のパチンコ店で中谷に偶然会つたので被告人がミシンを入質すると言つたらついて来た。それから一緒に川頭質屋に行き質屋の主人を伴なつて山祗町の姉の家に行つた。被告人は本当に姉のミシンを入質するつもりであつたが、姉の家で質屋の主人が植木を見ている時中谷が金をおどし取ろうと言つた。それで被告人も恐喝する気になつた。中谷が質屋の主人にまず「金を貸しない」と言つたところ質屋の主人が「お前達はだましたのか」と言つたので自分はカツとなつてどうにでもなれと思い附近にあつた石を持つて殴つた。中谷も同じ様に石で殴つた。兇器は木槌ではない。質屋の主人が金を持つていなかつたので、中谷が質屋の奥さんから金を騙し取ろうと言つたので二人で又質屋に行つた。奥さんに「ミシンの質入金をくれ」と言つたがくれないので中谷がたたき(強盗)をしようと言つた。被告人はコードで奥さんの首を締めた。その後で又中谷が同じようにコードで首を締めた。又中谷は奥さんに匕首を突きつけ、頸部に切り傷を与えた。その時の匕首はナイロン風呂敷と共に中央公園のお宮さんに隠した。」というのであり、更に第一〇回公判で「今迄中谷某と言つていたのは実は坂本某である。」と供述した。

そこで右主張について判断する。

まず、被告人の供述する中谷(以下中谷とあるのは中谷某ないし坂本某である)の住居、および中谷が第二の犯行に使つた匕首の隠し場所の点について当裁判所は検証を行つたが、その際被告人は中谷の住居についてはそれを指示することが出来ず、匕首の隠し場所についても被告人の指示はあいまいで確認することが出来なかつた。中谷が川頭幸子の首に匕首で傷を与えた点については鑑定人友永得郎作成の昭和四二年三月二五日付鑑定書によりそのような傷がなかつたことが明らかである。

第一、第二の犯行現場において採取された指紋および第一現場で採取された足こん跡はいずれも被告人のものと認められる(前掲現場指紋対照結果回答書及び足こん跡鑑定結果回答書)判示第一の犯行直後被告人に会つた岸川正、荒木貞夫のいずれも被告人が二人連れでいるのを見かけていない(同人等の司法警察員に対する供述調書)。川頭利夫に対する兇器の点については、兇器が木槌であることは被告人が捜査官に対して自発的に言い出したので、右供述に基づいて捜査した結果被告人が供述した場所(第一の犯行現場)に木槌が発見されたものと認められる(証人惣田幸一の当公判廷における証言等)。又木槌は通常山口成子方の小屋に置いてあつた物で、犯行日の数日前に小屋にあつたのを山口成子が見ている(山口成子に対する当裁判所の尋問調書)。その他、当公判廷における被告人の主張を裏付けるための詳細な捜査を行つた司法警察員ならびに司法巡査の捜査報告書(一二通)によつても被告人の主張の真実性を裏付ける資料は全く発見し得ない。

共犯者の存在を捜査段階で供述しなかつた理由として被告人の述べるところは合理性を欠き、到底信用できない。一方被告人が捜査段階においてなした単独犯としての自白は詳細かつ明確であり、右供述が任意になされたものであることは右取調に当つた各捜査官の当公判における証言その他の証拠によつて明らかであるしその真実性を裏付ける補強証拠も前掲のとおり充分である。

従つてこの点に関する主張は採用しない。

(情状)

本件犯行は、被告人の単なる金銭的な欲望によつて、何等過失のない被害者らの尊い生命を奪つたもので、その犯行の態様は兇悪残忍を極め人をして目を覆わしめるものがあり社会の耳目を衝動せしめたものである。特に判示第一の犯行は事前に兇器として使う木槌を用意したり、時計を入質して被害者の家の様子を窺つたりして周到に計画し、又第二の犯行は、第一の犯行による金員の奪取が不首尾に終つたため更に敢行されたもので、金銭的欲望に対する執念、またその欲望を満すために他人の生命の尊厳に対していささかも考慮を払わない残忍さにおいて稀にみる兇悪な犯行ということが出来る。

本件被害者夫婦は中年の働盛りで質屋を営み、その経営状態は同業者間のトツプクラスであり、夫婦仲は良く九才を頭として四人の子供があり円満な家庭生活を営んでいた。夫婦に対する信望もあつく、特に利夫は児童委員として毎朝児童の通学時に自から交通整理を行つて近隣の父兄から感謝されていた人物である。

このような善良な市民である夫婦を一夜の中に惨殺し、四人のいたいけな子供を孤児にし市民を恐怖の底に突落した罪は死をもつて償うほかはないと言わなければならない。

ただ被告人が自から犯した罪のためとはいえ、青年期の大半を獄窓に過し、その間国家による矯正教育も、親族のさしのべる手も遂に被告人を正道に導くことができないまま次第に本件にみるごときすさみ果てた人格が形成されるに至つたこと、仮出獄後の約半年間に多少は更生のための努力のあとが窺われることなど、被告人に対して一片の同情をそそぐ余地はあるにしても、到底これをもつて本件の刑責を減軽する情状とすることは出来ないし又本件公判の審理を通じても被告人が本件犯行を深く悔悟しているとは認められない。

以上の諸点を綜合勘案すれば本件に対しては極刑をもつて処断せざるを得ない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 野田普一郎 楠本安雄 赤塚健)

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